アメリカの大学が長崎の教会に手紙を出す「十字架を返したい」

アメリカの大学(だいがく)長崎(ながさき)教会(きょうかい)手紙(てがみ)出す(だす)十字架(じゅうじか)返し(かえし)たい」

長崎(ながさき)教会(きょうかい)にアメリカのウィルミントン大学(だいがく)から手紙(てがみ)()ました。手紙(てがみ)には、(だい)()世界(せかい)大戦(たいせん)終わっ(おわっ)たあと、長崎(ながさき)にある浦上(うらかみ)天主堂(てんしゅどう)という教会(きょうかい)でアメリカの軍人(ぐんじん)見つけ(みつけ)十字架(じゅうじか)返し(かえし)たいと書い(かい)てありました。 浦上(うらかみ)天主堂(てんしゅどう)は、1945(ねん)8月9(にち)長崎(ながさき)原爆(げんばく)落とさ(おとさ)れたとき、建物(たてもの)壊れ(こわれ)燃え(もえ)ました。 手紙(てがみ)によると、1945(ねん)10月に軍人(ぐんじん)のウォルター・フックさんは壊れ(こわれ)建物(たてもの)(なか)から1mぐらいの()十字架(じゅうじか)見つけ(みつけ)ました。フックさんは十字架(じゅうじか)をアメリカに送っ(おくっ)て、そのあとウィルミントン大学(だいがく)にあげました。 手紙(てがみ)には「十字架(じゅうじか)希望(きぼう)などのシンボルです。浦上(うらかみ)天主堂(てんしゅどう)返さ(かえさ)なければならないと思う(おもう)ようになりました」と書い(かい)てあります。 ウィルミントン大学(だいがく)(ひと)今年(ことし)の8月に日本(にっぽん)()十字架(じゅうじか)返す(かえす)予定(よてい)です。

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