サーロー節子(せつこ)さんがカナダのトロント大学(だいがく)名誉(めいよ)博士(はかせ)になる

サーロー節子(せつこ)さんは1945(ねん)広島(ひろしま)原爆(げんばく)落とさ(おとさ)れたとき、13(さい)被爆(ひばく)しました。サーローさんは1955(ねん)からカナダのトロント大学(だいがく)大学院(だいがくいん)社会(しゃかい)福祉(ふくし)勉強(べんきょう)しました。そのあと、仕事(しごと)をしながら、世界中(せかいじゅう)被爆(ひばく)経験(けいけん)について話し(はなし)て、核兵器(かくへいき)をなくすための活動(かつどう)続け(つずけ)てきました。 トロント大学(だいがく)は4(にち)、サーローさんの活動(かつどう)がすばらしいと考え(かんがえ)て、サーローさんを大学(だいがく)名誉(めいよ)博士(はかせ)にしました。 サーローさんは「もう(だれ)も、被爆(ひばく)した(わたし)たちと同じ(おなじ)経験(けいけん)をしないでほしいです」と言い(いい)ました。そして、「たくさんの(ひと)(くに)努力(どりょく)して、核兵器(かくへいき)禁止(きんし)する条約(じょうやく)国連(こくれん)決まり(きまり)ました。世界(せかい)から核兵器(かくへいき)をなくすための努力(どりょく)をやめてはいけません」と話し(はなし)ました。

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