ダルビッシュはほぼ“転生(てんせい)(しゃ)”?20(さい)想像(そうぞう)した「全て(すべて)失う(うしなう)人生(じんせい)」。

 いつもの(なつ)よりも少し(すこし)涼しい(すずしい)、シカゴの昼下がり(ひるさがり)

 背番号(せばんごう)11、ダルビッシュ(ゆう)投手(とうしゅ)がダッグアウトから姿(すがた)現す(あらわす)と、()続い(つずい)たカブスの選手(せんしゅ)たちがグラブ片手(かたて)にフィールドに散っ(ちっ)ていった。

 ざわついていた観客(かんきゃく)が、リグリー・フィールドのあちこちで拍手(はくしゅ)声援(せいえん)送る(おくる)場内(じょうない)流れ(ながれ)始め(はじめ)たBGMは、GReeeeNの「(みち)」だった。

 どんなにつらいような(とき)もせわしなく過ぎ(すぎ)行く(いく)日々(ひび)

 明日(あした)へと続い(つずい)(みち)で1つ1つが(いま)(きみ)

 日本ハム(にほんはむ)時代(じだい)登場(とうじょう)(きょく)をバックにウォーミングアップを終え(おえ)たダルビッシュは、いつものように上半身(じょうはんしん)屈め(かがめ)緑色(りょくしょく)のグラブで右足(みぎあし)左足(ひだりあし)をトントンと触り(さわり)最後(さいご)にスコアボードの(ほう)にグイッと上体(じょうたい)捻っ(ひねっ)てから、一番(いちばん)打者(だしゃ)向き合っ(むきあっ)た。

“ユーイング”が日常(にちじょう)戻っ(もどっ)てきた。

 恐ろしく(おそろしく)バックスピンの効い(きい)速球(そっきゅう)。タテ、斜め(ななめ)(よこ)へ、速かっ(はやかっ)たり、緩かっ(ゆるかっ)たり、平面(へいめん)ではなく、立方体(りっぽうたい)のストライクゾーンを切り刻む(きりきざむ)変化球(へんかきゅう)。「我ら(われら)がカブスのStarter=先発(せんぱつ)投手(とうしゅ)」が(さん)(しゃ)凡退(ぼんたい)切っ(きっ)取る(とる)と、それまで幾らか(いくらか)散漫(さんまん)だった場内(じょうない)雰囲気(ふんいき)一気に(いっきに)一つ(ひとつ)方向(ほうこう)向く(むく)

「Yuuuuuuuu!」

 ブーイングならぬユーイング。レンジャーズ時代(じだい)から始まっ(はじまっ)た、ダルビッシュのファーストネーム「(ゆう)」に引っ掛け(ひっかけ)声援(せいえん)(こころ)(そこ)からベースボールを楽しみ(たのしみ)たい観客(かんきゃく)は、とりわけイニングの最後(さいご)打者(だしゃ)三振(さんしん)にでも倒れよ(たおれよ)うものなら、とびきり大きな(おおきな)ユーイングを浴びせる(あびせる)

 言わば(いわば)「YUUUUUUUUUUU!」。

 3アウト()三振(さんしん)取っ(とっ)たダルビッシュが、マウンド(じょう)で「Yes!」と叫ぶ(さけぶ)。その姿(すがた)()て、思わず(おもわず)立ち上がり(たちあがり)(いま)まで以上(いじょう)にぶ厚い(じゅう)低音(ていおん)のユーイングを浴びせる(あびせる)地元(じもと)観客(かんきゃく)たち——。

 そんな風景(ふうけい)が、今や(いまや)日常(にちじょう)(てき)になっている。

40(さい)でホームレスになった自分(じぶん)想像(そうぞう)

「20(さい)(とき)東京ドーム(とうきょうど-む)で5(てん)ぐらい取っ(とっ)てもらったのに簡単(かんたん)追いつか(おいつか)れた。なんでこうなるねんって……で、東京ドーム(とうきょうど-む)ホテルに泊まっ(とまっ)てたから、水道橋(すいどうばし)あたりやったと思う(おもう)けど、40(さい)になった自分(じぶん)がホームレスになって、お金もない、ご飯も食べ(たべ)られへんっていう状況(じょうきょう)を1(かい)自分(じぶん)想像(そうぞう)してみたんです」

 オールスターゲーム明け(あけ)後半(こうはん)5試合(しあい)で2(しょう)1(はい)防御(ぼうぎょ)(りつ)2.17と相手(あいて)チームや打者(だしゃ)を「Dominant=圧倒(あっとう)」し始め(はじめ)ているダルビッシュが、思わ(おもわ)ぬことを(くち)にしたのは7月末(げつまつ)のミルウォーキー遠征(えんせい)(とき)だった。

「そんな(とき)神様(かみさま)がいきなり現れ(あらわれ)て『おい、お前、20(さい)(とき)のことを覚え(おぼえ)てるか? あの(ころ)戻り(もどり)たいか? 1(かい)だけチャンスやる。その代わり(かわり)、できること全部(ぜんぶ)やらへんかったら、またここに戻す(もどす)ぞ』って言わ(いわ)れたら、(だれ)でも絶対(ぜったい)戻る(もどる)でしょう?

 で、(ぼく)はパッと()開け(あけ)て、たった今、神様(かみさま)のお陰で20(さい)自分(じぶん)戻っ(もどっ)()たっていう(からだ)(てい)にしたんです。そしたら、もう未来(みらい)見え(みえ)てるし、当時(とうじ)(ぼく)はプライドも高かっ(たかかっ)たから、『このまま終わる(おわる)のはどうしても(いや)や、ホンマにちゃんとやらなアカン』と」

(おれ)(いま)までの人生(じんせい)一瞬(いっしゅん)やったな』

 行動(こうどう)速かっ(はやかっ)た。カタログにある(ぜん)種類(しゅるい)のサプリメントを取り寄せ(とりよせ)栄養(えいよう)(がく)没頭(ぼっとう)した。専門(せんもん)()読み(よみ)漁り(あさり)専門(せんもん)()問い合わせ(といあわせ)(いま)まで以上(いじょう)真剣(しんけん)にトレーニングに取り組ん(とりくん)だ。

 20(だい)前半(ぜんはん)(かれ)が、チームのパ・リーグ連覇(れんぱ)大きく(おおきく)貢献(こうけん)し、最優秀(さいゆうしゅう)選手(せんしゅ)(しょう)沢村(さわむら)(しょう)のダブル受賞(じゅしょう)果たし(はたし)たのは偶然(ぐうぜん)ではない。

同時に(どうじに)考え(かんがえ)たのは『(おれ)(いま)までの人生(じんせい)一瞬(いっしゅん)やったな』ってこと。『ヤバイわ、これ、たぶん、気づい(きずい)たら一瞬(いっしゅん)で40(さい)になってる。その(つぎ)はすぐ60(さい)やぞ、一瞬(いっしゅん)やんけ!』って。時間(じかん)ってたぶん、経っ(たっ)てみるとメチャクチャ速い(はやい)し、人生(じんせい)時間(じかん)意外と(いがいと)短い(みじかい)んじゃないかって思っ(おもっ)たんです」

まずはアンテナを広げ(ひろげ)、その後取捨選択(しゅしゃせんたく)

 だから、無駄(むだ)なことはなるべくしない。アンテナを広げ(ひろげ)取り込ん(とりこん)情報(じょうほう)は、トレーニング(ほう)にしろ、トレーニング器具(きぐ)にしろ、調整(ちょうせい)(ほう)そのものにしろ、サプリメントにしろ、投球(とうきゅう)フォームや(はい)(だま)にしろ、徹底的(てっていてき)取捨選択(しゅしゃせんたく)行わ(おこなわ)れていった。

「どんなことにしろ、1(かい)はとことんやっておかないと捨てる(すてる)判断(はんだん)はできない。(いま)までいろいろやって来たけど、その信者(しんじゃ)一瞬(いっしゅん)ならないと本質(ほんしつ)見え(みえ)てこないから。だから、無駄(むだ)なのか無駄(むだ)じゃないのかの判断(はんだん)速い(はやい)んだと思う(おもう)

 これ、どっちなんやろって時に(ときに)、それをやって良く(よく)なる可能(かのう)(せい)低い(ひくい)んであれば、スパッと捨て(すて)てしまう勇気(ゆうき)(いま)はある」

 32(さい)のPriority=優先(ゆうせん)事項(じこう)明確(めいかく)だ。

フィジカル(てき)にも(いま)最高(さいこう)

 ダルビッシュは今季(こんき)通算(つうさん)では23試合(しあい)投げ(なげ)て4(しょう)5(はい)防御(ぼうぎょ)(りつ)4.36だが、(ぜん)(しゅつ)通り(とおり)後半(こうはん)(せん)限っ(かぎっ)言え(いえ)ば、防御(ぼうぎょ)(りつ)2(てん)(だい)抑え(おさえ)ている。前半(ぜんはん)(せん)(はつ)登板(とうばん)で3(かい)持た(もた)ずに7四球(しきゅう)出す(だす)など制球(せいきゅう)(なん)苦しん(くるしん)だが、後半(こうはん)(せん)は5試合(しあい)でわずか2四球(しきゅう)とその痕跡(こんせき)すら残っ(のこっ)ていない。

最近(さいきん)狙っ(ねらっ)たところに(たま)行か(いか)ないだけでもイライラする。(今年(ことし)の)最初(さいしょ)(なん)カ月かはとにかくストライクが入れ(はいれ)ば、それで良かっ(よかっ)たっていうレベルだった。

 あの(ころ)はブルペンでも引っ掛け(ひっかけ)たり抜け(ぬけ)たりが多く(おおく)て、周り(まわり)も『どうなってんねん?』みたいな雰囲気(ふんいき)があったけど、(いま)真っ直ぐ(まっすぐ)変化球(へんかきゅう)もほぼ狙っ(ねらっ)たところに投げ(なげ)られるし、あの(ころ)とはまったく違う(ちがう)(いま)までのキャリアの(なか)(いち)()もなかったぐらいいい」

 自分(じぶん)のことについて語る(かたる)(とき)慎重(しんちょう)すぎるぐらい慎重(しんちょう)(ひと)が、自ら(みずから)そう言う(いう)のは珍しかっ(めずらしかっ)た。

「100(きゅう)ぐらい投げ(なげ)てても98マイル(≒時速(じそく)157.71km)とか、()そうと思っ(おもっ)たらいつでも出せる(だせる)。そもそも日本(にっぽん)では98マイルなんて()なかったし、フィジカル(てき)にも(いま)一番(いちばん)いいと思う(おもう)

(ぼく)は20(さい)からだったけど……」

 20(さい)のダルビッシュよりも凄い(すごい)、32(さい)のダルビッシュ。

 (かれ)背中(せなか)押し(おし)続け(つずけ)てきた20(さい)の「教訓(きょうくん)」は(いま)、これから野球(やきゅう)(かい)担っ(になっ)ていく若い(わかい)世代(せだい)向け(むけ)られている。

(ぼく)は20(さい)からだったけど、(いま)若い(わかい)()たちが中学(ちゅうがく)高校(こうこう)のときから栄養(えいよう)とかトレーニングの勉強(べんきょう)をしっかりやっていって、いろんなことにチャレンジしていけば、(だれ)だって(ぼく)なんかより全然(ぜんぜん)(うえ)行ける(いける)可能(かのう)(せい)秘め(ひめ)ている」

 おい、お前、1(かい)だけチャンスやる。

 このまま終わる(おわる)のは(いや)だろう? 

 地面(じめん)蹴り(けり)つけて、進も(すすも)うぜ——。

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