シベリアから持っ(もっ)帰っ(かえっ)(ほね)日本人(にっぽんじん)ではなかった

(だい)()世界(せかい)大戦(たいせん)のあと、多く(おおく)日本人(にっぽんじん)(いま)のロシアのシベリアなどに連れ(つれ)行か(いか)れました。5(まん)5000(にん)ぐらいの日本人(にっぽんじん)がとても寒い(さむい)(ところ)でつらい仕事(しごと)をさせられて亡くなっ(なくなっ)たと言わ(いわ)れています。 厚生(こうせい)労働省(ろうどうしょう)は1991年度(ねんど)から、ロシアからもらった記録(きろく)調べ(しらべ)たりして、2(まん)2000(にん)ぐらいの日本人(にっぽんじん)(ほね)持っ(もっ)帰り(かえり)ました。 2014(ねん)には、(ひがし)シベリアから16(にん)(ほね)持っ(もっ)帰り(かえり)ました。去年(きょねん)8月、この(ほね)のDNAを調べ(しらべ)専門(せんもん)()厚生(こうせい)労働省(ろうどうしょう)会議(かいぎ)で、「16(にん)(ほね)のうち、調べる(しらべる)ことができた14(にん)(ほね)日本人(にっぽんじん)ではありません。間違え(まちがえ)持っ(もっ)帰っ(かえっ)(ほね)はロシアに返し(かえし)たほうがいいと思い(おもい)ます」と言っ(いっ)ていました。 厚生(こうせい)労働省(ろうどうしょう)はこの結果(けっか)発表(はっぴょう)していませんでしたが、NHKなどが質問(しつもん)すると、「どうするか話し合っ(はなしあっ)ている途中(とちゅう)でした。これからロシアと相談(そうだん)したいと思い(おもい)ます」と話し(はなし)ました。

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