実家(じっか)の「(なぞ)ルール」が(いま)(わたし)作っ(つくっ)てくれた。大人(おとな)になって分かる(わかる)両親(りょうしん)(ふか)すぎる教育(きょういく)(かん)

高校生(こうこうせい)のときまで従っ(したがっ)ていたという家族(かぞく)のローカルルールについて、ライターの秋山(あきやま)悠紀(ゆき)さんが解説(かいせつ)します。

挨拶(あいさつ)やお願い事(ねがいごと)をする(とき)絶対(ぜったい)敬語(けいご)

 家族(かぞく)千差万別(せんさばんべつ)で、その(なか)にいる(ひと)にしかわからない事情(じじょう)があります。「よそはよそ、うちはうち」という言葉(ことば)のとおり、独自(どくじ)のルールや決まり(きまり)(ごと)があるもの。筆者(ひっしゃ)生まれ(うまれ)育っ(そだっ)実家(じっか)にも、疑問(ぎもん)思う(おもう)ルールや教育(きょういく)方針(ほうしん)がたくさんありました。

 しかし、自分(じぶん)自身(じしん)子ども(こども)育て(そだて)ている現在(げんざい)、その教育(きょういく)方針(ほうしん)に対してやっと有難(ありがた)さや意味(いみ)理解(りかい)できるようになったのです。筆者(ひっしゃ)自身(じしん)体験(たいけん)をご紹介(しょうかい)します。

世の中(よのなか)にはルールがいっぱい(画像(がぞう)写真(しゃしん)AC)

 筆者(ひっしゃ)は3姉妹(しまい)末っ子(すえっこ)です。(ちち)は10(にん)兄弟(きょうだい)(うち7(にん)女性(じょせい))の長男(ちょうなん)だったこともあり、「こんな女性(じょせい)になってほしい」「女性(じょせい)にはこのような言動(げんどう)をしてほしくない」という感覚(かんかく)強く(つよく)持っ(もっ)ていました。(はは)もまた、「(むすめ)たちをどこに出し(だし)ても恥ずかしく(はずかしく)ないように」という思い(おもい)子育て(こそだて)一生懸命(いっしょうけんめい)で、筆者(ひっしゃ)たち(むすめ)3(にん)比較的(ひかくてき)厳しい(きびしい)しつけを受け(うけ)てきました。

 特に(とくに)顕著(けんちょ)だったのは言葉(ことば)遣い(ずかい)両親(りょうしん)との普段(ふだん)会話(かいわ)はタメ(くち)でしたが、日々(ひび)挨拶(あいさつ)些細(ささい)なお願い事(ねがいごと)必ず(かならず)敬語(けいご)使っ(つかっ)ていました。起き(おき)たときや寝る(ねる)ときの挨拶(あいさつ)はもちろん「おはようございます」「おやすみなさい」で、感謝(かんしゃ)伝える(つたえる)ときも「ありがとう」ではなく、「ありがとうございます(した)」といった丁寧(ていねい)()食卓(しょくたく)では「醤油(しょうゆ)取っ(とっ)て」も「醤油(しょうゆ)取っ(とっ)てください」と言わ(いわ)なければいけませんでした。

 高校生(こうこうせい)のときに積雪(せきせつ)がひどく徒歩(とほ)での帰宅(きたく)困難(こんなん)だった(さい)筆者(ひっしゃ)学校(がっこう)から「(ゆき)がひどいので、(くるま)迎え(むかえ)()てもらえますか」と(はは)電話(でんわ)をしたことがあります。その様子(ようす)()ていた友人(ゆうじん)たちは、筆者(ひっしゃ)帰宅(きたく)にタクシーか(なに)かを学校(がっこう)呼ぶ(よぶ)勘違い(かんちがい)し、「すごくお金持ち(かねもち)なんだね」と一言(いちげん)

 電話(でんわ)(ぐち)相手(あいて)(おや)だと伝える(つたえる)と「なんで敬語(けいご)だったの?」と驚か(おどろか)れたことで、「ほかの(いえ)(おや)敬語(けいご)使わ(つかわ)ないのか」と筆者(ひっしゃ)(ぎゃく)にびっくりしたことがありました。

死ね(しね)」「バカ」と言っ(いっ)(ひと)罰金(ばっきん)払う(はらう)

死ね(しね)」「バカ」と言っ(いっ)(ひと)罰金(ばっきん)払う(はらう)

 両親(りょうしん)先述(せんじゅつ)通り(とおり)言葉(ことば)遣い(ずかい)に対してシビアでした。特に(とくに)(はは)強い(つよい)こだわりで、汚い(きたない)言葉(ことば)については罰金(ばっきん)制度(せいど)設け(もうけ)られていました。

 具体(ぐたい)(てき)罰金(ばっきん)対象(たいしょう)ワードは「死ね(しね)」「バカ」「アホ」「ムカつく」など。憎悪(ぞうお)罵倒(ばとう)、からかいを彷彿(ほうふつ)とさせる言葉(ことば)(くち)にしたら、リビングにある「罰金(ばっきん)(ばこ)」に100(えん)入れ(いれ)なければなりませんでした。姉たち(あねたち)喧嘩(けんか)をして勝て(かて)ないことが多かっ(おおかっ)筆者(ひっしゃ)は、小学生(しょうがくせい)のときのお小遣い(こずかい)がほとんどこの(はこ)(なか)消え(きえ)てしまったことも。

 また(なに)かを食べ(たべ)(とき)に「まずい」と表現(ひょうげん)するのも禁止(きんし)でした。(くち)にした食べ物(たべもの)自分(じぶん)(した)合わ(あわ)ないと感じ(かんじ)たら、「おいしくない」や「(くち)合わ(あわ)ない」と言う(いう)ように教え(おしえ)られました。「まずい」という言葉(ことば)は、食材(しょくざい)料理(りょうり)作っ(つくっ)(ひと)への敬意(けいい)一瞬(いっしゅん)でなくす言葉(ことば)だというのが(はは)考え(かんがえ)だったようです。

 言葉(ことば)(ひと)生き(いき)させ、また死な(しな)せることもできます。そして言葉(ことば)は、その(ひと)自身(じしん)表す(あらわす)というのが、両親(りょうしん)考え(かんがえ)だったのでしょう。筆者(ひっしゃ)現在(げんざい)言葉(ことば)持つ(もつ)大きな(おおきな)(ちから)信じ(しんじ)てこの仕事(しごと)をしているのも、両親(りょうしん)教育(きょういく)賜物(たまもの)だろうと感じ(かんじ)ています。そして、まだ喃語(なんご)(なんご。「アー」「ウー」などの言葉(ことば))しか話せ(はなせ)ない筆者(ひっしゃ)の1(さい)になる子ども(こども)言葉(ことば)教え(おしえ)ているとき、両親(りょうしん)がどんな思い(おもい)厳しい(きびしい)ルールを強い(しい)ていたのかがよくわかるようになりました。

東京(とうきょう)行く(いく)(まえ)彼氏(かれし)(すう)(にん)作っ(つくっ)ておきなさい

 高校生(こうこうせい)になると大学(だいがく)進学(しんがく)のため、地元(じもと)東北(とうほく)離れ(はなれ)上京(じょうきょう)する方向(ほうこう)(せい)見え(みえ)てくるように。その(ころ)から(はは)常々(つねずね)東京(とうきょう)行っ(いっ)たら、(へん)(おとこ)捕まる(つかまる)かもしれない。その(まえ)地元(じもと)(なん)(にん)かと付き合っ(つきあっ)てみて、()肥やし(こやし)ておきなさい」と言っ(いっ)ていました。東京(とうきょう)強い(つよい)憧れ(あこがれ)抱い(だい)ていた筆者(ひっしゃ)が、異性(いせい)関係(かんけい)でトラブルにならないか心配(しんぱい)していたのでしょう。

若者(わかもの)恋愛(れんあい)といえば「(かべ)ドン」?(画像(がぞう)写真(しゃしん)AC)

彼氏(かれし)のことまでいちいちうるさい」と当時(とうじ)冷たく(つめたく)あしらっていた筆者(ひっしゃ)でしたが、上京(じょうきょう)して「やっぱり(はは)言っ(いっ)たことはその通り(とおり)だった」と悔い改める(くいあらためる)ことになりました。出会う(であう)(ひと)(かず)地元(じもと)にいるときとはケタ違い(ちがい)東京(とうきょう)結局(けっきょく)初めて(はじめて)恋愛(れんあい)(だい)都会(とかい)ですることになり、それなりに苦労(くろう)する羽目(はめ)になったのです(詳細(しょうさい)割愛(かつあい))。

 その他にも、「(ほん)読ん(よん)でいれば国語(こくご)勉強(べんきょう)はしなくていいし、何より(なにより)(ほん)自分(じぶん)世界(せかい)広げる(ひろげる)」という(はは)考え(かんがえ)のもと、登校(とうこう)(まえ)(あさ)30分間(ふんかん)は、家族(かぞく)全員(ぜんいん)読書(どくしょ)時間(じかん)設け(もうけ)られていました。(いま)思い返す(おもいかえす)と、確か(たしか)国語(こくご)勉強(べんきょう)をしなくてもテストでずっと良い(よい)(てん)取れ(とれ)ていました。3姉妹(しまい)全員(ぜんいん)大学(だいがく)文系(ぶんけい)進学(しんがく)したのも、この読書(どくしょ)時間(じかん)のおかげと言える(いえる)でしょう。

「ウチってなんか(へん)(いえ)かも」と感じ(かんじ)てきたことでも、大人(おとな)になってからその意味(いみ)有難み(ありがたみ)()染みる(しみる)ようになります。両親(りょうしん)が「こんな子ども(こども)になってほしい」という願い(ねがい)込め(こめ)定め(さだめ)独自(どくじ)ルールは、自分(じぶん)子育て(こそだて)にも取り入れ(とりいれ)たいと思っ(おもっ)ています。

 それでも、おならをしたときに「おならしました、ごめんなさい」と家族(かぞく)謝罪(しゃざい)しなければいけなかったルールだけは、現在(げんざい)でもまったく意味(いみ)がわかりません。

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