センスを磨く(みがく)には“3つの意識(いしき)”を持て(もて)島田(しまだ)紳助(しんすけ)が「努力(どりょく)するな」と語っ(かたっ)理由(りゆう)

「『仕事(しごと)ができる』ようになるためには、スキルよりも“センス”が必要(ひつよう)

経営(けいえい)学者(がくしゃ)であり、(いち)(きょう)ビジネススクール国際(こくさい)企業(きぎょう)戦略(せんりゃく)専攻(せんこう)教授(きょうじゅ)楠木(くすのき)(けん)さんと、電通(でんつう)、ボストンコンサルティンググループで組織(そしき)開発(かいはつ)などに従事(じゅうじ)してきた山口(やまぐち)(あまね)さん対話(たいわ)(しゅう)である『「仕事(しごと)ができる」とはどういうことか?』の主張(しゅちょう)です。

つい、スキルを磨く(みがく)ことばかりに()向け(むけ)られがちですが、そもそも仕事(しごと)に対する“センス”がないと、ビジネス(りょく)上げる(あげる)ことは難しい(むずかしい)と2(にん)言い(いい)ます。

仕事(しごと)ができるとは、一体(いったい)どういうことなのか?

(しん)時代(じだい)仕事(しごと)(ろん)について、同書(どうしょ)から2記事(きじ)抜粋(ばっすい)してお届け(とどけ)します!


戦略(せんりゃく)のない努力(どりょく)はするな!


山口(やまぐち)2011 (とし)芸能(げいのう)(かい)引退(いんたい)された島田(しまだ)紳助(しんすけ)さんが、吉本(よしもと)若手(わかて)に対して明確(めいかく)言っ(いっ)ているのは「努力(どりょく)するな」ということなんですね。

その発言(はつげん)がDVD(『(しん)(りゅう)研究(けんきゅう)』2007(ねん)製作(せいさく)/アール・アンド・シー)にも残っ(のこっ)ているんですけれど、ここで言う(いう)努力(どりょく)とは漫才(まんざい)やコントの稽古(けいこ)ということですね。

若手(わかて)不安(ふあん)でしょうがないのでじっとしていられない。すると(なに)をやるかというと、やたらと漫才(まんざい)練習(れんしゅう)をしちゃうわけです。

だけどそんなことは紳助(しんすけ)さんに言わ(いわ)せたら順番(じゅんばん)違う(ちがう)と。

どうやったら売れる(うれる)」という戦略(せんりゃく)のないままにひたすらに漫才(まんざい)稽古(けいこ)をする、そんな不毛(ふもう)努力(どりょく)をするならまずは「笑い(わらい)戦略(せんりゃく)立てろ(たてろ)」と紳助(しんすけ)さんは言っ(いっ)ている。

お笑いというのはマーケットであり、実は(じつは)競合(きょうごう)がいるんだと。

紳助(しんすけ)さんの当時(とうじ)だとB&Bだとかツービートだとかオール阪神(はんしん)巨人(きょじん)といった面々(めんめん)がいるなかで、彼ら(かれら)がお笑いのマーケットでどういうポジショニングを取っ(とっ)ていて、自分(じぶん)笑い(わらい)のセンスや見た目(みため)だったら、(だれ)のポジションの近く(ちかく)だったら取れる(とれる)か、芸能(げいのう)(かい)でどこのポジションが狙える(ねらえる)のかと、それだけを考え(かんがえ)続けろ(つずけろ)言っ(いっ)ているんですね。

楠木(くすのき)なるほど。

山口(やまぐち)紳助(しんすけ)さんが実際(じっさい)(なに)をやったかというと、まずは売れ(うれ)ている芸人(げいにん)漫才(まんざい)をすべて(ろく)
(おん)して書き(かき)起こし(おこし)て、どこでどうボケて、どうツッコミ、どういう種類(しゅるい)笑い(わらい)取っ(とっ)ているのか、ということを分析(ぶんせき)していく。

すると「落ち(おち)のパターンは8(わり)一緒(いっしょ)」「つまらないネタを直前(ちょくぜん)入れる(いれる)面白い(おもしろい)オチが光る(ひかる)」といった具合(ぐあい)言語(げんご)()可能(かのう)になるんですね。

紳助(しんすけ)さん自身(じしん)は「お笑いには教科書(きょうかしょ)がなかったので自分(じぶん)教科書(きょうかしょ)をつくろうと思っ(おもっ)た」と言っ(いっ)ていますけど、もう完全(かんぜん)笑い(わらい)経営(けいえい)(がく)なんです。

だけど、それをほかのみんなはやらない。なぜかというと、努力(どりょく)していると安心(あんしん)するからです。

楠木(くすのき)鋭い(するどい)

山口(やまぐち)漫才(まんざい)練習(れんしゅう)をしているとなんとなく(まえ)進ん(すすん)でいるような()がして安心(あんしん)する。確か(たしか)に、それで多少(たしょう)漫才(まんざい)がうまくなるということもあるでしょう。

ですが、自分(じぶん)がお笑いタレントとして本当(ほんとう)意味(いみ)での生き(いき)ていく場所(ばしょ)見つけ(みつけ)ないことには、職業(しょくぎょう)として続け(つずけ)ていくことはできないわけです。

紳助(しんすけ)さんの場合(ばあい)、その努力(どりょく)のレイヤーというか、努力(どりょく)(しつ)がほかの芸人(げいにん)さんたちとは違っ(ちがっ)ていたと思う(おもう)んですね。

楠木(くすのき)だからスキルを()につけていく努力(どりょく)と、センスに至る(いたる)までの…それを努力(どりょく)言う(いう)かどうかは(べつ)にして、そこはやっぱり違い(ちがい)があると思う(おもう)んですよね。

山口(やまぐち)センスに磨き(みがき)をかけていく」という、やっぱり紳助(しんすけ)さんが言っ(いっ)ているのもそこにつながることだと思う(おもう)んです。

だから、自分(じぶん)持っ(もっ)ている間合い(まあい)とか、話し方(はなしかた)とか、見た目(みため)とか、お笑い芸人(げいにん)として自分(じぶん)をどうプロデュースするか、という視点(してん)ですよね。

自分(じぶん)自身(じしん)はどこだったら勝てる(かてる)のか、それをもう意図(いと)(てき)自分(じぶん)らしさを磨い(みがい)ていくということが、ほかの(ひと)から()たら努力(どりょく)見え(みえ)ないかもしれないけれども、そっちのほうが本当(ほんとう)努力(どりょく)なんだと。

だから、お笑いタレントとして一流(いちりゅう)になりたければ、「ひたすらに漫才(まんざい)練習(れんしゅう)をする」というわかりやすい努力(どりょく)ではなく、その上位(じょうい)のレイヤーにある「お笑い芸人(げいにん)としての戦略(せんりゃく)考える(かんがえる)」という努力(どりょく)をやりなさいということを言っ(いっ)ているんですが、これはお笑い以外(いがい)世界(せかい)生き(いき)ている、(わたし)たちのようなビジネスパーソンにとっても示唆(しさ)富ん(とん)(はなし)だなと思う(おもう)んですよね。


センスを磨く(みがく)日常(にちじょう)の3つの意識(いしき)


楠木(くすのき)1(ねん)()相手(あいて)知ら(しら)ない(ひと)でも(だれ)でも「おはようございます」「ありがとうございました」、(なに)言わ(いわ)れたら「はい」。もうこれが最初(さいしょ)必要(ひつよう)能力(のうりょく)の8(わり)ですね。

そして2つ()が「視る(みる)」ということ。「これは!」と思う(おもう)仕事(しごと)ができる(ひと)決め(きめ)てずっと「視る(みる)」。

視る(みる)」というのは、漫然と(まんぜんと)眺め(ながめ)ているというよりは自覚(じかく)(てき)視る(みる)、“()破る(やぶる)”というニュアンスです。

それで「なんでこの(ひと)はこういうことをこの局面(きょくめん)でして、なんでこういうことはしないのか」ということを、答え(こたえ)がわからなくても常に(つねに)考え(かんがえ)ていろと。

もう全部(ぜんぶ)文脈(ぶんみャく)組み込ま(くみこま)れていることですから。

そして3つ()が、(ぼく)はこれ、仕事(しごと)基本(きほん)だと思っ(おもっ)ているんですけど、「顧客(こきゃく)視点(してん)考えろ(かんがえろ)」ということ。

取引(とりひき)(さき)というだけではなく会社(かいしゃ)(なか)にもお客さんはいて、「相手(あいて)自分(じぶん)(なに)をしてもらいたいのか」「あの(ひと)(なに)(ほっ)しているのか」ということをまず考え(かんがえ)てから、それに向け(むけ)仕事(しごと)をするのがいい。この3つを最初(さいしょ)(とし)言っ(いっ)たんですね。

この3つは全部(ぜんぶ)センスに深く(ふかく)かかわっていると思う(おもう)んですよ。

1(ねん)()から「エクセルでこれができなきゃダメだ」とか「英語(えいご)はこのぐらいできるようになれ」なんてことを言っ(いっ)てもあんまり意味(いみ)がない。

それは自然(しぜん)とフィードバックがかかるんです。

スキルの重要(じゅうよう)特徴(とくちょう)として、TOEIC が300(てん)だと、やっぱりさすがにもうちょっと英語(えいご)勉強(べんきょう)しようかなという()になるものでしょう。だから放っ(はなっ)ておいてもいい。

ところが、センスはフィードバックがかからないので、ない(ひと)はないままいくことになる。これがセンスの怖い(こわい)ところ。

なぜかと言え(いえ)ば、センスのない(ひと)そもそも自分(じぶん)にセンスがないということがわかっていないんですよね。

だから洋服(ようふく)のセンスがない(ひと)はいつまでたってもない。フィードバックが自然(しぜん)にはかからないから。

山口(やまぐち)フィードバックに気づく(きずく)ということ自体(じたい)がもうセンスですからね。

楠木(くすのき)そうですよ。だからセンスを()につけるためには、本人(ほんにん)気づい(きずい)ていないようなところで(だい)3(しゃ)助言(じょげん)有効(ゆうこう)になると思う(おもう)んです。


身近(みじか)(ひと)を「()真似る(まねる)」でセンスを定着(ていちゃく)させる


楠木(くすのき)努力(どりょく)」という言葉(ことば)使っ(つかっ)ちゃうと(だい)2レイヤーの努力(どりょく)一般(いっぱん)(ひと)行い(おこない)がちな努力(どりょく)のこと)と混同(こんどう)されてしまいそうなので、仮に(かりに)それを「錬成(れんせい)」、錬り(ねり)上げ(あげ)ていくという言葉(ことば)使っ(つかっ)区別(くべつ)しておきますが、錬成(れんせい)非常(ひじょう)古典(こてん)(てき)方法(ほうほう)というのは、さきほども少し(すこし)触れ(ふれ)ましたが、修行(しゅぎょう)ですね。

つべこべ言わ(いわ)ずに10(ねん)、まずこれをやれと。

そこにはロールモデルとしての親方(おやかた)がいて、日本(にっぽん)料理(りょうり)世界(せかい)でも「なんとかの(うえ)にも3(ねん)」というのがあるじゃないですか。あれも最近(さいきん)評判(ひょうばん)悪い(わるい)ですよね。

確か(たしか)に、それはそれで無駄(むだ)(めん)もいっぱいあるんだけれども、やっぱりやむにやまれず定着(ていちゃく)した方法(ほうほう)でしょう。

センスの錬成(れんせい)において、事後(じご)(せい)克服(こくふく)方法(ほうほう)としてやっぱりわりと強力(きょうりょく)なんですね。

ただ本来(ほんらい)(てき)意味(いみ)での修行(しゅぎょう)ということになると強制(きょうせい)(りょく)働か(はたらか)ないとなかなかできない。究極(きゅうきょく)になると(ぜん)(てら)みたいなことになっていく。

山口(やまぐち)(ぜん)言う(いう)ところの「(ただ)(かん)()(すわ)」ですね。つべこべ言わ(いわ)ず、ただひたすら(かべ)向かっ(むかっ)
座っ(すわっ)ていろ、みたいな。

楠木(くすのき)そういう修行(しゅぎょう)となるとちょっと一般(いっぱん)(せい)がないんですが、全員(ぜんいん)生活(せいかつ)共に(ともに)するというのは大いに(おおいに)理由(りゆう)があることだと思う(おもう)んですね。

センスというものの本来(ほんらい)性質(せいしつ)戻る(もどる)と、きわめて総体(そうたい)であり、全体(ぜんたい)であり、総合(そうごう)(てき)なものなんですよね。

ということは、(うら)返す(かえす)とセンスというのはその(ひと)一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)すべて表れ(あらわれ)ていると思う(おもう)んですよ。

プレゼンテーションのスキルを学ぶ(まなぶ)となれば、観察(かんさつ)する対象(たいしょう)がプレゼンテーションをしてくれていないと学べ(まなべ)ないんですね。

その(ひと)がプレゼンをしているところを()ないと意味(いみ)がない。

ところがセンスについては、ひとつ有利(ゆうり)(めん)があって、それはセンスがある(ひと)一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)、メモの取り(とり)(かた)商談(しょうだん)相手(あいて)への質問(しつもん)仕方(しかた)会議(かいぎ)取り回し(とりまわし)(かた)、そしてデスクの配置(はいち)、ご飯の食べ(たべ)(かた)(かばん)(なか)(なに)入っ(はいっ)ているのかというところまでも含め(ふくめ)た、そのすべてにセンスが表れ(あらわれ)ている。

だから一緒(いっしょ)にいれば、なんでも学び(まなび)になるわけです。

確たる(かくたる)センスを錬成(れんせい)する方法(ほうほう)はないし、(ひと)によってそのセンスのあり方も千差万別(せんさばんべつ)なので標準(ひょうじゅん)(てき)習得(しゅうとく)方法(ほうほう)はないのですが、センスがある(ひと)身近(みじか)にいればその(ひと)をよく視る(みる)

これがいちばん手っ取り早い(てっとりばやい)センスの錬成(れんせい)(ほう)ですね。大切(たいせつ)なのは「全部(ぜんぶ)視る(みる)」ということ。

これをある(たね)方法(ほうほう)()したのが「カバン持ち(もち)」とか「書生(しょせい)」みたいなシステムだと思う(おもう)んです。

修行(しゅぎょう)よりもちょっとソフトですが、同種(どうしゅ)のロジックに依拠(いきょ)している。


仕事(しごと)ができる」を言語(げんご)()してくれる、ビジネスパーソンの必読(ひつどく)(しょ)

()(まえ)仕事(しごと)をこなすことに精一杯(せいいっぱい)で、「まわりが見え(みえ)ていない…」なんて(ひと)多い(おおい)はず。

自分(じぶん)がまわりからどのように()られていて、相手(あいて)はどんな(ひと)なのか、俯瞰(ふかん)して考える(かんがえる)ことが、“できる”ビジネスマンになるための第一歩(だいいっぽ)かもしれませんね。

仕事(しごと)ができる(ひと)」を多角(たかく)(てき)分析(ぶんせき)した同書(どうしょ)読ん(よん)で、自分(じぶん)のキャリアの(かて)にしましょう!

撮影(さつえい)清水(しみず)(けん)

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