血染め(ちぞめ)ハンカチや手紙(てがみ)戦争(せんそう)悲劇(ひげき)伝える(つたえる)展示(てんじ) 京都(きょうと)亀岡(かめおか)(みなみ)()

 終戦(しゅうせん)から74(ねん)()(なつ)京都(きょうと)()(みなみ)()()日吉(ひよし)(まち)郷土(きょうど)資料(しりょう)(かん)亀岡(かめおか)()()文化(ぶんか)資料(しりょう)(かん)で、それぞれ「戦争(せんそう)」をテーマにした展覧(てんらん)(かい)開か(ひらか)れている。地元(じもと)遺族(いぞく)らから寄贈(きぞう)された戦地(せんち)からの手紙(てがみ)赤紙(あかがみ)軍服(ぐんぷく)などの遺品(いひん)並び(ならび)戦争(せんそう)悲劇(ひげき)平和(へいわ)(とうと)さを物語っ(ものがたっ)ている。

 日吉(ひよし)(まち)郷土(きょうど)資料(しりょう)(かん)夏季(かき)企画(きかく)(てん)戦争(せんそう)記憶(きおく)」では、同館(どうかん)日吉(ひよし)(まち)(ない)遺族(いぞく)らから寄せ(よせ)られた遺品(いひん)など(やく)140(てん)展示(てんじ)する。赤紙(あかがみ)呼ば(よば)れる、戦地(せんち)への召集(しょうしゅう)告知(こくち)用紙(ようし)出征(しゅっせい)ののぼりのほか、無事(ぶじ)祈っ(いのっ)家族(かぞく)地域(ちいき)住民(じゅうみん)書い(かい)日の丸(ひのまる)寄せ書き(よせがき)千人針(せんにんばり)並ぶ(ならぶ)学童(がくどう)疎開(そかい)児童(じどう)の1(にち)記し(しるし)紙芝居(かみしばい)戦没(せんぼつ)(しゃ)遺族(いぞく)台帳(だいちょう)もある。

 出征(しゅっせい)兵士(へいし)戦地(せんち)から家族(かぞく)宛て(あて)手紙(てがみ)では、南太平洋(みなみたいへいよう)のニューギニアに行く(いく)ことが記さ(しるさ)れており、「こんな遠い(とおい)(ところ)行か(いか)ねばならぬとは夢にも(ゆめにも)思わ(おもわ)なかった」と率直(そっちょく)思い(おもい)がつづられた。検閲(けんえつ)免れ(まぬかれ)たと()られ、「読め(よめ)ばすぐ燃やす(もやす)ほうがよい」と記さ(しるさ)れている。

 (みなみ)()()から出征(しゅっせい)してフィリピンで亡くなっ(なくなっ)た、医師(いし)血染め(ちぞめ)のハンカチや絵日記(えにっき)悲劇(ひげき)伝える(つたえる)同館(どうかん)は「戦争(せんそう)知ら(しら)ない(ひと)ばかりになっている。恐ろし(おそろし)さを考える(かんがえる)きっかけにして」と願う(ねがう)

 9月16(にち)まで。8月12(にち)午後(ごご)時半(じはん)から「京都(きょうと)戦争(せんそう)体験(たいけん)語り継ぐ(かたりつぐ)(かい)」の今西(いまにし)(ただし)(おっと)代表(だいひょう)戦争(せんそう)体験(たいけん)について講演(こうえん)する。(よう)入館(にゅうかん)(りょう)

 亀岡(かめおか)()文化(ぶんか)資料(しりょう)(かん)開か(ひらか)れているロビー(てん)戦争(せんそう)平和(へいわ)(てん)」では、出征(しゅっせい)兵士(へいし)送ら(おくら)れた日の丸(ひのまる)寄せ書き(よせがき)(てん)()引く(ひく)。いずれもこの1年間(ねんかん)遺族(いぞく)から寄せ(よせ)られたもので、「(いの)武運(ぶうん)長久(ちょうきゅう)」「昭和(しょうわ)20(ねん)6月26(にち)」などと書か(かか)れている。

 使い込ま(つかいこま)れた軍靴(ぐんか)戦傷(せんしょう)病者(びょうしゃ)手帳(てちょう)、支那事変(じへん)従軍(じゅうぐん)記章(きしょう)などの遺品(いひん)並ぶ(ならぶ)戦時(せんじ)(ちゅう)都市(とし)()から亀岡(かめおか)移り住ん(うつりすん)だ「縁故(えんこ)疎開(そかい)」に関する資料(しりょう)展示(てんじ)し、体験(たいけん)(だん)募っ(つのっ)ている。

 25(にち)午後(ごご)()からは、亀岡(かめおか)高等(こうとう)女学校(じょがっこう)のときに学徒(がくと)勤労(きんろう)動員(どういん)経験(けいけん)した真継(まつぎ)さき江さんが話す(はなす)。ロビー(てん)は9月8(にち)まで。無料(むりょう)

出征(しゅっせい)兵士(へいし)からの手紙(てがみ)遺品(いひん)などが並ぶ(ならぶ)企画(きかく)(てん)+(京都(きょうと)()(みなみ)()()日吉(ひよし)(まち)郷土(きょうど)資料(しりょう)(かん)
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